旅の214日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日もアビスとの接触を続けた。昨日に引き続き、星図と音声パターンの刺激を組み合わせて反応を観測したが、彼の様子はこれまでとは明らかに違っていた。目の焦点がよりはっきりとし、視線が特定の映像や音に留まる時間が長くなっている。記憶が完全に戻ったわけではないが、「何か」に触れかけているのは確かだ。
興味深いことに、球体の光もまた新たな挙動を示した。星図データのある一点が映し出されたとき、光が強く脈打ち、通信波の周期がわずかに変化したのだ。その星系は、既知の航路から大きく外れた位置にあり、これまで調査対象として扱われたことはほとんどない。だが、アビスの脳波はその座標を映した瞬間に最も大きな反応を示した。
記憶が戻らないのではなく、「思い出す鍵」がまだ見つかっていないのかもしれない。星々の並び、ある特定の音、それとも僕たちがまだ知らない別の“記号”――彼の記憶は、何か特定の刺激と結びついて眠っているのだろう。
夜、観測ログを見返しながら考えた。アビスの沈黙は、もしかすると意図的なものなのではないかと。何も覚えていないのではなく、「今は語れない」だけなのかもしれない。
真実はまだ遠いが、その輪郭は少しずつ、確かに近づいている。
明日は、あの星系座標に焦点を当てた刺激実験を行う予定だ。あのとき見せた反応が偶然でないのなら――そこに、アビスの“過去”の断片が眠っているかもしれない。



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