旅の219日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日、アビスは再び声を発した。昨日と同じような短い音列だったが、今回はそれが星図の一点と正確に同期していた。視線と手の動き、呼吸の乱れまで、すべてがその座標と結びついているように見える。まるで彼の記憶が“その星”と深く関係しているかのようだった。
音声解析の結果、発せられた音のリズムはこれまでのどの反応よりも複雑で、周期の中に「繰り返し」と「変化」が共存していた。言葉のようにも、祈りのようにも聞こえる。彼自身はまだ何も語れないが、記憶の奥底から“何か”が滲み出しているのは確かだ。
球体もその直後、明確な反応を示した。低い周波数の脈動が空間全体に広がり、センサーの一部が誤作動を起こすほどの波が一瞬だけ走った。これがアビスの意識とリンクしているとすれば、彼と球体は単なる関係者ではなく、一体の存在として設計されているのかもしれない。
僕は今日一日、観測データと向き合いながら、ずっとある感覚に囚われていた。
――アビスは自分の記憶を“失った”のではなく、“封じられている”のではないかと。彼が意図的にそれを閉ざしたのか、それとも誰かに閉ざされたのかは分からない。ただ、その奥にまだ触れてはいけない何かがあるような気がしてならない。
明日は、星図のその座標だけを拡大して提示してみる予定だ。
その星が鍵なのか、それとも記憶の入り口なのか――いずれにしても、沈黙の向こう側が少しずつ形を帯びてきているのを感じる。



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