旅の55日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日、共有スペースでたまたま聞こえてきた笑い声が、ずいぶん久しぶりに感じた。ライラが、医療ユニットの若い乗員たちに簡単なストレッチを教えていて、その途中で誰かがバランスを崩して転び、みんなで笑っていたらしい。小さな出来事だけど、そんな自然な笑いが船内にあることが、なんだか嬉しかった。
僕自身は、午前中に環境維持ユニットの微細調整をしていた。空気の湿度がわずかに変動していて、植物ユニットに影響が出る前に対応できたのは幸いだった。ミラに報告したら、「アレクって、空気の気持ちもわかるのね」と冗談を言われた。…まったく、そう言われると少し照れる。
ゼインは、新しく設計したエネルギー分配モジュールを試していた。「余剰電力を再利用するシステムを入れられれば、植物用の照明ももっと増やせるかもしれない」と言っていて、彼なりにミラの活動を支えようとしているようだった。その姿を見て、表には出さないけれど、彼もちゃんと“人と共にいる”ということを理解しているんだと思った。
夕方、エリスがまたひとつ、地球の詩を紹介してくれた。今日は短い俳句だった。
「行く春や 船に残れる 静けさよ」
たった十七音なのに、今の僕たちにぴたりと重なるような、不思議な余韻が残った。
この船の中には、いつの間にか文化が育ち、言葉が生まれ、笑いがあり、誰かの想いが残っている。僕たちは単に生き延びているだけじゃない。たしかに「暮らして」いる。
それが、きっと新しい星への準備なのだろう。明日もまた、その続きを生きていく。
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