旅の153日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
午前中、昨日解析した「波紋」のパターンを音に変換する試みを始めた。
振動データを周波数に置き換え、可聴域にスケーリングして再生すると、船内のスピーカーから低く澄んだ音が響いた。まるで深海でクジラが歌っているような、長く伸びる音。聞いていると、不思議と時間の感覚が緩やかになる。
ミラが植物区画から顔を出し、その音に足を止めた。
「……生きてる音みたい」
そう言ってしばらく聞き入っていたのが印象的だった。
午後は光への変換実験。波紋の周期を色相に置き換え、ディスプレイ上で再現すると、螺旋を描くように色が流れた。単純な信号ではなく、繰り返しの中に変化があり、明らかに「何かを伝えようとしている」構造が見える。
ゼインは、それを見ながら腕を組んでいた。
「これが偶然のパターンじゃないなら、俺たちに話しかけてる可能性が高いな」
彼の声には、わずかに緊張が混じっていた。
僕は、この反応が本当に“会話”なのかどうかを確かめたい。
だが同時に、もし相手が意識を持つ存在だとしたら――こちらからの言葉が、誤解や危険を招く可能性もある。応答は慎重でなければならない。
夜、データを見直しながら思った。
この球体の中枢に宿るのは、記録か、意思か、それとも……感情なのだろうか。
もし最後に残された感情が「孤独」なら、僕たちはその沈黙を破る最初の訪問者になる。
明日は、応答信号を送る前に、全員でその方法を議論することになった。
ここでの一歩は、ただの科学的探査を超えた意味を持つかもしれない。
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