旅の196日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日、ケースの中の男が初めて「言葉」を発した。
それは明確な言語ではなく、かすれた声で短い音の連なりだった。しかし、周囲のセンサーは彼の発声を「構造を持つ音」として捉えた。単なる呻きや反射ではなく、意図的に外へ放たれたものだった。
同時に球体の光も反応した。彼の声に合わせるようにリズムが変化し、これまでの数列や変調よりもずっと人間的な「抑揚」を帯びていた。まるで彼の言葉を補完するかのように、外へ向けて響きを広げていた。
船内は息をのむような静けさに包まれた。誰も声を出せず、ただ彼の口から発せられる音に耳を傾けていた。僕自身は全身が震えるのを感じた。未知の存在が、今まさにこちらに語りかけようとしている――その事実に圧倒されたのだ。
意味はまだ分からない。それでも、今日を境に「対話の扉」が確かに開いた。
これから僕たちがすべきことは、その一語一語を記録し、解析し、そして受け止めることだろう。
長い旅の果てにようやく訪れた“声”。
この瞬間を、僕は決して忘れない。
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