旅の217日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日、アビスはこれまでにない反応を見せた。昨日、強い反応を示した星系の映像を再度提示したところ、ただ目で追うだけでなく、手をわずかに伸ばすような動作が観測されたのだ。何かを掴もうとしているような仕草――それは記憶ではなく、“感覚”の断片が浮かび上がっている証のように思えた。
呼吸のリズムも変わり、脳波には新たなパターンが出現した。解析班によれば、これは人間でいう「思い出そうとする」ときの波形に近いという。言葉にはならないが、彼の内側で何かが結びつき始めているのは確かだ。
さらに驚いたのは、球体の反応だった。アビスの動きとほぼ同時に、これまで観測されたことのない“低周波の脈動”が記録されたのだ。通信波ともエネルギーパルスとも異なるその信号は、まるで彼の意識と球体が直接リンクしているかのようだった。もしかすると、彼の記憶の一部は、球体の中に“記録”されているのかもしれない。
それでも、彼は自分について何も語らない。沈黙は続くが、もはやそれは「何もない」沈黙ではなく、「何かが生まれようとしている」沈黙だ。
夜、星図を見つめながら考えた。僕たちは彼の過去を“解き明かす”のではなく、“一緒に思い出していく”のかもしれない。アビスが失った記憶は、僕たちがこれから辿る未来とどこかで交わっている――そんな直感が離れなかった。
明日は、あの星系についてさらに詳しいデータを提示する予定だ。もしそれが彼の記憶を呼び覚ます鍵だとしたら、次の一歩はもうすぐそこにある。



コメント