旅の218日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日のアビスは、これまでになく“感情”を感じさせる反応を見せた。
星系データの提示を続けていると、ある瞬間に彼の表情がわずかに変化した。驚きとも、戸惑いともつかないその表情は、単なる生理的反応ではなく、記憶の断片に“触れた”結果のように思えた。脳波にも明確なピークが現れ、その直後、彼は何かを言いかけて口を閉じた。
その沈黙の中で、球体が不規則な光を放った。まるでアビスの内面の揺らぎが外へと漏れ出しているようだった。解析班は、彼の記憶が完全に消失しているのではなく、何らかの“封鎖”状態にある可能性があると指摘している。外部からの刺激がその封鎖を少しずつ緩めているのだろう。
今日はもうひとつ、印象的な出来事があった。
アビスは星図を見つめたまま、短い音を繰り返し発したのだ。既知の言語とは異なるが、間と抑揚があり、まるで“名前”や“場所”を呼ぼうとしているような響きだった。その音が意味を持つものかどうか、今後の解析が待たれる。
夜、記録を読み返しながら考えた。
アビスはただの漂流者ではない。記憶を失った存在でありながら、何かに導かれるように星々を見つめ、声を発している。そこには、まだ言葉にならない“意志”が確かにある。
明日は音声解析に重点を置き、彼の発した音と星図の反応の関連性を探ってみる予定だ。
その中に、彼の過去への小さな“扉”が隠されている気がしてならない。



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