旅の221日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
あの座標の星系データをさらに掘り下げて提示したところ、アビスは明らかに反応を強めた。瞳の動き、呼吸、脳波――すべてがその星を「知っている」と訴えているようだった。そして今日、彼は初めて、断片的ではあるが“言葉”と呼べるものを発した。意味はまだ解明できないが、これまでの音列とは明確に違い、意図を持って発声しているのが分かる。
その瞬間、球体も連動するように強い光を放った。パルスの構造はこれまでで最も複雑で、一部は既存の通信形式と極めて近い波形を描いていた。僕たちは今、アビスと球体が“記憶”の深層で交信している場面を目撃しているのかもしれない。
解析班は、あの星系が「かつて人類が到達したことのある場所」である可能性も視野に入れ始めている。もしそうなら、アビスはその時代を生きた存在、あるいはその記録と結びついた存在なのだろうか。想像は尽きないが、確かなのは――彼が、そして球体が、ただの漂流物ではないということだ。
星図を見ながら、ふと思った。
僕たちは新たな星を探す旅をしているが、この出会いは“過去”からの呼び声でもあるのかもしれない。アビスが記憶を取り戻すとき、僕たちは失われた時代の扉を開けることになるのだろう。
明日は音声と光の両面からアプローチする複合実験を行う予定だ。
その先に、彼の“本当の名”と、この漂流船の正体が待っている気がしてならない。



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