旅の224日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
ついに、その瞬間が訪れた。今日、アビスは長い沈黙を破り、“覚醒”したのだ。
星系データと音声パターンを組み合わせた刺激実験を行っている最中、彼の脳波がこれまでにない急激な変化を示し、次の瞬間、彼ははっきりとした声で何かを言った。それは僕たちには解読できない言語だったが、音の構造は明確で、意識が明瞭に働いている証拠だった。
同時に、球体が激しく脈動し、船内の計器が一時的に過負荷状態に陥った。まるでアビスの覚醒が球体そのものを“目覚めさせた”かのようだった。これまで受動的に反応するだけだった光のパターンが、今日は自発的に変化を始め、未知の信号が断続的に送出された。その一部は、既存の通信形式とは完全に異なる構造を持っている。
アビスは目を開いたまま静かに周囲を見渡し、まるで初めてこの世界を“認識”するかのように視線を動かしていた。僕たちの存在も、船の内部も、そして星図の投影も――すべてを「知っているような目」で。彼の中で、記憶という断片が今、形を取り始めているのだろう。
それでも、彼が何者で、なぜここにいるのかはまだ分からない。記憶は完全には戻っていないし、言葉の意味も解明されていない。しかし今日という日は、間違いなく沈黙の終わりの日だ。
窓の外の星々が、いつもよりも鮮明に輝いて見えた。
この旅が始まってからずっと探していた“何か”が、いま少しずつ姿を現そうとしている気がする。
明日からは、アビスとの本格的な対話の試みが始まる。彼が語る最初の言葉は、この航海の未来を大きく変えるかもしれない。



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