旅の233日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
今日、解析班が「カナトゥル」という音声データを座標系に照合したところ、興味深い一致が見つかった。
既存の航行記録の中に、かつて観測だけ行われた未登録領域――星雲の縁に近い区域に、発音が類似する「KAN-α-TL」というデータラベルが残っていたのだ。偶然か、それとも何かの記録が転写されたのか。どちらにしても無視できない。
この情報をアビスに提示すると、彼の反応はすぐに現れた。
瞳孔が広がり、脳波が急激に変動。
そして、これまでにないほどはっきりとした声で、再び「カナトゥル」と発した。
その瞬間、球体の光が静かに揺らぎ、E-7区画の映像データが自動的に起動した。
誰も操作していない――船そのものが反応したのだ。
E-7内部では、微細な構造がまるで呼吸するように動き始めた。
アビスはその様子を見つめながら、一言も発しなかった。
ただ、静かに、長い時間その光を見ていた。
まるで、そこに“故郷”を見ているかのように。
夜、僕は観測デッキであの名前をもう一度口にした。
カナトゥル――それは、彼の中で眠る何かを呼び覚ます“扉”だ。
それが星なのか、場所なのか、あるいは記憶そのものなのかはまだ分からない。
だが確かなのは、僕たちの航路がまた少し、未知へと伸びたということ。
明日は、その座標「KAN-α-TL」への航行シミュレーションを行う予定だ。
――アビスが導く先に、何が待っているのかを確かめるために。



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