旅の242日目 – 日記
地球歴2482年、星間暦元年
セリナの電磁層通過テストが完了した。
通信の減衰は予想よりも少なく、降下時のデータ送信にも大きな支障はない見込みだ。
一部の帯域で短時間のノイズ干渉が発生したが、メカ・ヒューマンズの技術班が調整を行い、安定化が進んでいる。
この数ヶ月、慎重に積み上げてきた準備がようやく形になりつつある。
今日、僕はアビスの観測にも立ち会った。
セリナの雲層をリアルタイムで映した映像を見た瞬間、彼の瞳が微かに揺れた。
そして、静かに球体へ手を伸ばした。
その動作は穏やかで、以前のような反射的な反応ではない。
まるで、遠い記憶の中の景色を“なぞって”いるようだった。
解析班によれば、彼の脳波に見られる反応は「懐古パターン」に近いものだという。
つまり、セリナが彼の故郷を思い起こさせている――その仮説が、また少し強まった。
彼の故郷は、この星ではない。
けれど、この星の青緑の大気や鉱物の反射が、彼の心のどこかを刺激しているのだろう。
夜、観測窓から見えるセリナは、昨日よりも少し大きく、少し近かった。
旅の終わりが見え始めると、不思議な静けさが胸に広がる。
そしてその静けさの奥で、アビスの瞳に映る“もう一つの空”を思った。
明日は、初期降下艇の燃料調整と気圧シミュレーションが行われる。
僕たちはついに、足を地につける準備を始めている。



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